Fランクビルメンはまブログ

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第2話 高校を卒業して自衛隊入隊

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 今48才なので今から30年前、18才の時に自衛隊に入隊した時のお話をしようと思います

高校2年生にもなると大学に行くか就職するか進路を決める時期になりますが、私の通っていた学校は進学校ではなかったので7割くらいの人が就職していました。大学に行きたいと思っても実家には私を大学に通わせる余裕はありません。父はトラック運転手をしており給料がいいという訳でもなく数年前に買った家のローンもたくさん残っています。母はパートで働きに出て工場で機械の部品を作っています。親に負担はかけたくないので高校を卒業したら就職する事にしました。

 

サラリーマンは嫌でした。

就職するといっても普通のサラリーマンは嫌です、毎日スーツを着て満員電車に乗るなんて耐えられません、当時映画でランボーを見てかっこいいな~と思っていたので自衛隊に入隊する事にしました。通っている高校の地域を管轄している自衛官募集事務所に応募しにいきました。

 

当時はバブルまっさかりで自衛隊に入隊しようする人は、ほとんどいませんでした。私のような自衛隊に入隊しようとする若者はとても貴重な存在です。自衛隊募集事務所の人に飯をご馳走してもらったり駐屯地見学に連れて行ってもらったりとても親切にして頂きました。そして自衛隊入隊試験を受けて無事に合格して陸上自衛隊の2等陸士になる事ができました。当時の試験は今みたいに倍率は高くなく健康なら誰でも合格できるような簡単な試験です。高校を卒業して自衛隊に入隊すると前期教育約3ヵ月、後期教育約2ヵ月、それから部隊配属になります。給料は安いです、当時18才で手取りで10万円ちょっとでした。制服は無料、住む所も無料、食事も3食付きで無料なので10万円でも問題ありませんでした。

 

前期教育

前期教育は習志野駐屯地で受けました、広くてとても綺麗な駐屯地でした。習志野駐屯地第一空挺団が駐屯している駐屯地です。パラシュート部隊の隊員のみなさんはとてもカッコよかったです。食堂のめしも美味しかったです。お風呂も広くて綺麗でした。

この習志野駐屯地で前期教育を受ける訳ですが、教育を担当するのは習志野駐屯地第一空挺団の隊員ではありません。市ヶ谷にある第32普通連隊の人達が教育担当です。市ヶ谷に新隊員を教育するスペースがないのでこの習志野駐屯地の建物を借りて教育する訳です。(当時は32普通科連隊は市ヶ谷に駐屯していました、今は大宮に駐屯しているみたいです)

 

習志野駐屯地で受ける前期教育は、歩き方、啓礼の仕方、銃の持ち方、射撃訓練、戦闘訓練など、基本的な行動を教わりました。1班8名で9班あったので約72名の同期で訓練を受けました。自衛隊に入らないと経験できない射撃訓練や戦闘訓練はとてもいい経験になりました。いい思い出です。教育では走る事が多かったです、教官が普通科の人なので体力がすごいです。(普通科とは昔でいうと歩兵科です)走ってばかりいると心臓が強くなって体力が上がっていくのが自分でも感じました。自衛隊に入隊した頃の体力検定では6級だったのが教育が終わる頃には5級に上がりました(体力検定は1級から6級まであります。6級が一番下です)少しだけ体力が上がりました(^_^;)

 

教育中は、ほとんど外出は出来ません、最初の1ヶ月は出来なかったと思います。1ヶ月我慢すると最初の外出は集団外出でした、一人での外出ではなく数人でまとまって外出します。逃げて帰ってこなくなる人もいるようなので、それを防止する為でしょうね。平日は外出できません、外出する時は土日になります。最初に集団外出した時は知り合いになった同じ班の仲間2人と一緒に私の実家に行ってのんびりしてきました。夜には帰らないといけないのであんまりゆっくり出来ませんでした。夜間大学に通っている新隊員もいました。夕方まで教育を受けて私服に着替えて大学に授業を受けに行ってました、消灯時間を過ぎて夜遅くに帰ってきていました。仕事と勉強を両立させるのは大変だなと思いました。

 

後期教育はよく考えて選びましょう

前期教育が終わりの頃になってくると後期教育の希望を聞かれます、普通科部隊、特科部隊、偵察部隊、通信部隊、戦車部隊など他にもいろいろありますが、それぞれの部隊の事をよく知らないのでどの部隊に決めたらよいのかりませんでした。今はネットで経験者のブログとか見れますが、当時はネットがない時代なので、どんな部隊なのかわかりませんでした。隊長が「特科でもいいか?」と進めてきたので「特科でいいです」と返事をしました。あとでわかったんですが、特科とは大砲を撃つ部隊の事です。

 

同期とのお別れ

前期教育が終わると、みんな後期教育を受ける為に、バラバラになります。お別れの日は、習志野駐屯地からトラックの荷台に乗せられて駐屯地を順番に出ていきます。3ヵ月間厳しい訓練を一緒にがんばってきた仲間が「がんばれよー!元気でな―!」と見送ってくれています。思わず涙が出てきてしまいました。泣くつもりはなかったんですが、自分でもびっくりしました自然と涙が出てきて涙が止まりませんでした。20分くらいトラックの荷台で泣いていました。このままトラックで後期教育を受ける北富士駐屯地まで行けるのかと思っていたら習志野駐屯地から近い津田沼駅に降ろされてしまいました。そこから電車に乗って富士吉田駅まで行きました。自衛隊の制服を着たまま電車に乗ったので少し恥ずかしかったです。後期教育を受ける北富士駐屯地は山梨県の山中湖の近くにあります。習志野駐屯地よりも規模は小さいし人も少ないです。すごい田舎にある駐屯地です。なんだか到着してすぐにがっかりしてしまいました。習志野駐屯地との差が大きすぎます。そこで大砲を撃つ訓練を約2ヵ月間受ける事になります。

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